イタリアにむかって愛をさけんでみた。 - リヴォルノ:戦国時代にボンジョルノ

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リヴォルノ:戦国時代にボンジョルノ

2013年11月イタリア旅行その16
この旅のもくじはこちらからどうぞ


11月某日。
リヴォルノはとんでもなく暑かった。
宿泊地のルッカの町を朝歩いていた限りではハイネックで寒いくらいだったのに、
ルッカを離れ列車で1時間きたところで滝汗ぐっちゃぐちゃになろうとは。
私以外、町行く人々はみなタンクトップにハーフパンツでした。

ほんと、朝の天気予報なんだったんだ!!!!!!!!
雨?そんでもってコートが必要な寒さ?
NOOOOOOOOOOON!!!!
まぁある意味びしょぬれだけども。嗚呼。

それでも目的地に向けてひたすら歩くのでありました。
駅からのびる大通りを黙々と1時間歩き続け、海にでたところで右折し目標物を捉えながら再び前進。

DSC_0324.jpg

見えてきましたヴェッキオ要塞


DSC_0327.jpg

大きいのでなかなか全体像がつかめない。


DSC_0331.jpg

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DSCN0933.jpg

旅行前、トスカーナでまだ行っていない町で面白そうなところを探している時におすすめされたリヴォルノ。
どんなところか調べようとネットで検索してみると気になる関連ワードが出てきました。

『天正遣欧少年使節』wikiはこちら

戦国時代、日本でのキリスト教の布教の成果の報告や経済的援助などを目的に、
九州のキリシタン大名の名代として13,4歳の少年4人がローマへと派遣されました。
彼らは日本をヨーロッパに広く紹介し、あの黒船来航ペリーさんも彼らのことを知っていたそうです。

長い航海の末、使節団の皆さんが初めてイタリアの地を踏んだのがこのリヴォルノでした。


彼らのことは某歴史バラエティ番組でちらっと名前だけは知っていたんですが、
リヴォルノって地もそもそも彼らが何者なのかも分かってなかったので、再度そこからお勉強。
そこから天正遣欧少年使節さん達が歩んだ足跡を辿る歴女さんのブログに辿り着きました。
そのブログがとんでもなく面白い!!!一夜にしてブログ読破。リヴォルノ頁を全部プリントアウト。
それを見せアンジェロに『400年も前にリヴォルノに日本の少年たちが行っていたよ!!』と伝えると彼も大興奮!
これはリヴォルノに行ってイタリア旅の先輩たちに思いを馳せねば~とやってきたのであります。

そのブログに熱く語られているリヴォルノ。
これはもう楽しみ!
というか、ネットで検索してもなかなかリヴォルノ情報が出てこない。
町歩きの地図なんかもない。いまいち観光スポットが分からない。
もう天正遣欧少年使節の足跡を辿った歴女さんの足跡を勝手に辿ろう!!ということになり、いまヴェッキオ要塞を前に一休みしている次第でございます。


DSCN0934.jpg

町は第二次世界大戦で多大なる被害をうけたのち再建されました。
この要塞は使節団訪問当時のままとのことで、思いを馳せるにもってこいの場。
炎天下の中歩いたかいがありました。なんとも歴史を感じる....ひび割れっぷりでした。
突然くずれたりしないのでしょうかー

それにしても、とんでもない月日をかけ航海しイタリアに辿り着いた少年達が400年も前にいたなんて。
飛行機12時間でヒーヒーいってられないわ本当......でもエコノミー症候群は怖いのです


当時のリヴォルノの人達は、遥か地からやってきた平たい顔をした少年達をみてどう思ったんでしょうか。
テレビやネットが当たり前になった今でさえ、目の前のイタリア人に舞い上がってしまう私には想像できないなぁ。

彼らは行く先々でとても歓迎され、彼らがヨーロッパ滞在中に彼らについての書物が色々発行されたそうです。
今も昔も、異文化に触れるってことはそれだけで世界が広がることですね~



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